2026/05/02

乃木希典陸軍大将

 菅田代表提言 第43

 

乃木希典陸軍大将

 

乃木大将は戦前は英雄、戦後は愚将のレッテルを貼られました。それは司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の影響です。司馬遼太郎の嘘が信じられている事は大変な不幸なことです。しかし日本政策研究センターの主任研究員 岡田幹彦先生の著作「乃木希典:高貴なる明治(展転社)によって乃木愚将論は粉砕されました。

是非ご一読をお勧めします。



乃木希典 高貴なる明治

 

さて、乃木大将が日露戦争で旅順要塞を陥落させた後、敵将ステッセルにどのように接したかを書きます。

 欧米や中国では、敗軍の将は勲章を着用したり、帯剣は先ず許されませんし名誉を毀損される事もあります。しかし、日本の場合「敵ながら天晴れ」と言う言葉があるように、敵将に対して配慮を忘れず、名誉を尊重します。これが武士道です。

明治天皇は、山縣参謀総長を通じて乃木大将に聖旨を伝達しております。

「陛下には、将官ステッセルが祖国の為尽くせし苦節を(よみ)したまい、武士の名誉を保たしむべきことを望ませらる。」

これを受けた乃木大将は、直ちに軍使を派遣してステッセル将軍に聖旨を伝えます。それからステッセル将軍に食料として鶏、葡萄酒、野菜等を送っております。そして「水師営の会見」が行われました。その時ステッセル将軍は、軍装の上勲章を下げ帯剣しております。日本軍はステッセル将軍を、捧げ銃(ささげつつ=軍隊で、銃を用いた敬礼の一つ)で迎えます。普通は敗軍の将に捧げ銃はしません。


凱旋記念の絵はがき ステッセル将軍は帯刀している
 

海外の報道陣は「取材させてくれ」と頼み込んで来ましたが、乃木大将は敗軍の将に配慮して、これを許しませんでした。許したのは一枚の写真だけです。この写真だけを見れば、どちらが勝利者か分かりません。

 

中列左から二番目が乃木大将、乃木大将の右隣がステッセル将軍



水師営での会見が始まるとステッセル将軍は乃木大将の人格に感銘を受けます。そしてステッセル将軍は愛馬を乃木大将に献上します。水師営の会見は世界に発信され、乃木大将の武士道は世界から絶賛されました。

ステッセル将軍が帰国すると早速軍法会議にかけられ、死刑判決を言い渡されます。これを知った乃木大将は、ヨーロッパに居た部下にステッセルの減刑嘆願運動をさせます。その甲斐があってステッセルは死刑を免れたのです。しかし生活は窮乏しましたので、乃木大将は名前を伏せてステッセル将軍に送金しております。

 明治天皇が崩御されて、御大葬の日に乃木大将は奥様と共に明治天皇の御跡(みあと)を追い割腹自決を遂げます。これは世界中に配信されます。これを知ったステッセル将軍は、名前を伏せ、モスクワの一僧侶として、皇室に次ぐ弔慰金を送ってきたのです。

左: 乃木静子夫人   右:乃木希典大将


もし乃木大将がステッセル将軍に対して恥辱を与えていたら、この様な感動的な物語が生まれるはずがありません。

 

 

補足説明

・旅順要塞・・・ロシアの総司令官クロパトキンは、「如何なる敵をもってしても3年間持ち堪える」と豪語していました。難攻不落の要塞という事です。

・聖旨・・・天皇陛下のお考え、命令またはその文書

・嘉(よみ)したまい・・・尊いものとして認め、褒め称える

 ・乃木坂・・・東京都港区赤坂8,9丁目付近にある坂道。元は幽霊坂と言われておりましたが、乃木大将が亡くなった後、赤坂議会の決議により乃木坂に改名されました。近くに乃木邸と乃木神社があります。

 

乃木大将の和歌二首

武士(もののふ) は玉も黄金も何かせん 命にかえて 名こそ惜しけれ

うつし世を 神去りましし 大君の みあとしたいて 我はゆくなり (明治天皇が崩御されたので、私もお供いたしますの意)


・イアン・ハミルトン英国陸軍中将の言葉

「もし私が日本人なら、乃木将軍を神として仰ぐであろう。」

  

是非唱歌「水師営の会見」をYouubeで聴いてみて下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=plxQcGfVpMc

 

唱歌 水師営の会見

作詞 佐佐木信綱 

作曲 岡野貞一

 

旅順開城約成りて 敵の将軍ステッセル

乃木大将と会見の 所はいずこ水師営

 

庭に一本棗の木 弾丸跡も著るく

崩れ残れる民屋に 今ぞ相見る二将軍

 

乃木将軍は厳かに 御恵み深き大君の

大詔伝うれば 彼畏みて謝し奉

 

昨日の敵は今日の友 語る言葉も打ち解けて

我は讃えつ彼の防備 彼は讃えつ我が武勇

 

形正して言い出でぬ 「この方面の戦闘に

二子を失い給いつる 閣下の心いかにぞ」と

 

「二人の我が子それぞれに死所を得たるを喜べり

これぞ武門の面目」と大将答え力あり

 

両将昼餉共にして なおも尽きせぬ物語

「我に愛する良馬あり 今日の記念に献ずべし」

 

「厚意謝するに余りあり 軍の掟に従いて

他日我が手に受領せば 長く労わり養わん」

 

「さらば」と握手懇ろに 別れて行くや右左

砲音絶えし砲台に ひらめき立てり日の御旗

 

以上 

次回は元帥東郷平八郎海軍大将について書きます。

菅田拝