2026/08/12

正義を振りかざすアメリカ

 菅田代表提言 第46回

令和8年8月12日

宮城ビジョンの会代表 菅田彰人

 

アメリカ その2

正義を振りかざすアメリカ

 

前回アメリカは正義を振りかざすと書きましたが、もう少し掘り下げてみたいと思います。

アメリカはイギリスから独立した後、西へ西へと領土を拡大して行きますが、それは即ち原住民(ネイティブ・アメリカン)を虐殺して初めて可能だったのです。

初代大統領のワシントンは、

「原住民は人間の姿をしているがどちらかと言うと狼に近い」と語り、セオドアルーズベルト大統領は、

「原住民は絶滅を運命付けられている」と語っております。

何故こんな残酷な事が言えるのでしょうか。それは彼らには「白人でキリスト教徒で無ければ人間ではない」と言う強烈な人種差別意識があったからです。ですから日米戦争で日本中の都市を無差別爆撃し、無辜の女、子供、老人を虐殺してもさほど良心が痛まなかったのです。

当時のアメリカは「良い日本人は、死んだ日本人だけだ」と言っておりました。これはアメリカに限らずチャーチル英首相も同様でした。

マニフェストディスティニー(明白なる天意)と言う言葉をご存知でしょうか?これは、アメリカが世界に民主主義を広げる事は、神から与えられた使命だと考えているという意味です。独自の文化や民主主義の形態をもつ国々にとってはこれ程迷惑な話しはありません。

例えばアラブは昔から部族社会ですから、選挙で指導者を選ぶなんてやった事が無いのに、「アメリカ流にやれ」と押し付けるのですから混乱を招くだけです。

アメリカは「イラクに大量破壊兵器がある」と言い掛かりをつけて独裁者のサダムフセインを殺害し、百数十万人のイラク国民を殺害しました。ところがいくら探しても大量破壊兵器はみつかりませんでした。アメリカはそれでも全く反省しませんでした。

フセイン時代のイラクと現在のイラクでは、どちらがイラク国民にとって幸福でしょうか?フセイン時代は、女性は意外と自由でイスラム教の戒律もさほど厳格ではありませんでした。リビアも同様で独裁者カダフィ大佐時代の方が治安も安定していて良かったと言われております。


サッダーム・フセイン・アブドゥルマジード・アッ=ティクリーティー 
出典 Wikipedia


ムアンマル・アル=カッザーフィー 出典 Wikipedia


イラクのフセインは、
2000年に石油をドル決済からユーロ決済に変えた為にアメリカに潰されたと言われております。同様にリビアのカダフィ大佐も新しい通貨ゴールドディナールを構想した為にアメリカを含むNATO軍に潰されたようです。

幕末の安政の大獄の時、井伊直弼が最初に逮捕したのが勤王の志士梅田雲濱でしたが、彼は「墨夷(アメリカ)の事、神州の大患」(アメリカの件は、日本にとっての重大な災いである)と言っておりました。これは現在の日本にも当てはまると思います。何故ならアメリカは大東亜戦争において日本の多くの都市を無差別爆撃し、広島、長崎に原爆を投下したにも関わらず、中国と北朝鮮の核武装は認めても「日本にだけは核武装させない」と言っているのです。

更にはかつて半導体分野で圧倒的なシェアを持っていた日本に無理難題をふっかけてこれを潰しました。また日本の技術で戦闘機を作ろうとした時も圧力を掛けてきました。例を挙げればキリがありません。大切な同盟国である一方で、現在もアメリカは「日本の大患」である事に変わりは無いようです。菅田拝

 

補足説明

良い日本人は死んだ日本人だけだ

 この表現は、米海軍ハルゼー提督の言葉といわれていますが、19世紀のアメリカ西部開拓時代にネイティブ・アメリカンを虐殺した際に「良いインディアンは死んだインディアンだけだ」という言葉が既に使われており、アメリカの古い格言(スラング)だとも言われています。


ゴールドディナール

リビアの最高指導者カダフィ大佐が提唱したアメリカドルやフランス支配下のCFAフランに依存せず、金で裏付けられた統一通貨ゴールドディナールを導入し経済自立とアフリカ統合を目指した計画。

 

日本の核武装

日本の核武装を認めたアメリカ大統領は、アイゼンハワーとニクソンとトランプですがアメリカ国務省が大反対しました。国務省、司法省、FBIC IA等は闇の勢力と呼ばれる軍産複合体や国際金融資本等に支配されていると思われます。

 

 

 

2026/07/09

アメリカ建国250年

 

菅田代表提言 第45回

令和8年7月8日

宮城ビジョンの会代表 菅田彰人

 

アメリカ建国250年

  

西暦202674日アメリカ合衆国は建国250年を迎えました。トランプ大統領は、

「アメリカ人は英雄的な国民で、何十億人を専制政治から救い自由を250年間守り続けた」とアメリカの歴史を自賛しました。

細川護煕元首相や村山富市元首相のように「日本は侵略戦争をした」と、本当の歴史とは違う自虐的な事を言うよりは、自国の歴史を称賛するトランプ大統領の方が健全だとは思いますが、ちょっと待ってくれと言いたくなります。


建国250年の大統領演説

アメリカは250年で世界一の強大な国家になりました。現在も政治、経済、軍事等あらゆる分野で世界をリードしており、これは称賛に値すると思います。しかし現在のアメリカは貧富の格差があまりにも大きく、GDPの伸びた額の9割以上は富裕層にいくような社会構造になっております。これは世界的な傾向ですがアメリカが最も顕著で、理想的な国家とは言えないと思います。またアメリカの悪い面は正義を振りかざす所です。

アメリカ大陸には沢山の原住民が住んでいましたが、後からやって来た白人達は原住民と一緒に酒を飲み、彼らが酔ったところで「土地の譲渡を認めます」との契約書にサインを要求します。原住民は「狩りをする権利を与える」位にしか思っていなかったのでサインしてしまいました。暫くして契約の土地に行くと木は切り倒され白人が住んでいます。怒った原住民が白人を襲うと、契約書を盾に容赦なく彼らを虐殺したのです。

日本もこの手でやられました。第一次世界大戦の後アメリカは日英同盟を破棄させて、シナの権益に関わる9カ国条約を締結させます。これにはシナの主権尊重、門戸開放、機会均等、領土保全等の事が条文に書かれておりました。これはアメリカが満洲の権益が欲しくて作ったものです。もし日本が南北アメリカ大陸における権益について同様に門戸開放、機会均等を主張すればアメリカは烈火の如く怒ったでしょう。日本にとって満州は、ソ連の脅威から日本を守る為、地政学的に最重要な地域だったにもかかわらず、アメリカは自国の安全に全く影響のない満洲の権益を欲しがったのです。

昭和6年の満洲事変迄は満洲の治安は悪化するばかりでした。その原因は裏でアメリカが反日活動を扇動していたからでした。満洲の治安維持の為に駐在していた関東軍(日本の陸軍)は自衛の為軍事行動を起こします。この満洲事変は9カ国条約違反とされました。まんまとアメリカに嵌められたのです。満洲事変は国際法違反とされましたが、実際は国内法違反です。それは軍中央の命令無く軍事行動を起こしたからです。

しかし石原莞爾の見事な作戦と、板垣征四郎の根回しにより、兵力的には圧倒的に不利だったにも関わらず、張学良軍を満洲から追い出して治安を回復させた為、この軍事行動は国民の支持を得て、不問に付されたのです。ちなみに満洲の住民も張学良を二度と満洲に入れないでくれと言っていたようです。

石原莞爾

板垣征四郎


■補足説明

満洲事変が起きる直前に、日本政府は「満洲の治安維持の為には軍事行動もやむなし」の結論に達しておりましたが、関東軍は命令無しで満洲事変を起こしてしまったのです。

ちなみにリットン調査団は報告書に日本の侵略と書きませんでした。英仏は満洲の特殊な事情を理解していたのです。しかしチェコ等の小国が理解を示さなかった為話しがこじれてしまいました。

 

9カ国条約(1922年大正11年)参加国アメリカ、イギリス、日本フランス、イタリア、オランダ、ベルギー、ポルトガル、シナ。

シナ(中国)はこの当時蒋介石の南京政府が中央政府という事になっておりましたが、閻錫山、張学良等の軍閥政府が乱立しており統一国家の体をなしていませんでした。ちなみに満洲は清国人(満洲人)の故地で漢民族の土地では有りません。この地は万里の長城の北で漢民族にとっては北狄(北方の野蛮人)の地です。

また漢民族である孫文は1912年辛亥革命期、資金難の南京の臨時革命政府を支える為に日本の民間、政界に対して満洲の租借権を与える見返りに、1000万円の借款を得ようとした事が有りました。しかし日本は英米の反発を恐れ、また孫文の失脚により破談となります。満洲は漢民族の土地ではないのになんと破廉恥な話しでしょう。

 

 次回もアメリカについて書きたいと思います。

                       菅田拝






2026/06/09

東郷平八郎提督

 

菅田代表提言 第44回

                   令和8年6月9日

東郷平八郎提督

 

 「古今東西で最高の海軍提督は誰か?」との問いに対して、20世紀迄はトラファルガー海戦でイギリス海軍に勝利をもたらしたネルソン提督と決まっていました。しかし20世紀に入ると日露戦争の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊をほぼ撃滅した、東郷平八郎提督の名前も挙げなければならなくなります。

ネルソン提督


東郷平八郎提督


この二人が世界最高の海軍提督と言われておりますが、ここで「一人だけに絞れ」と言われたら東郷平八郎提督となります。これは現在の世界の海軍提督の共通認識です。

また世界中の知識人で東郷提督を知らなければ、その人は似非知識人です。それ程東郷平八郎提督の名前は世界史のビックネームなのです。

ネルソン提督はイギリス国内で歴史上最高の英雄と見なされていますが、悲しい哉日本人は東郷提督の事をあまり知りません。大東亜戦争に敗れ、アメリカ占領軍に歴史上の偉人を教える事を禁じられたからです。しかし独立を回復してもこの状態ですから情けない限りです。

少し前置きが長くなりました。この東郷提督は日本海海戦に完勝した後、ロシアのバルチック艦隊を率いたロジェストヴェンスキー司令官をわざわざ病院に出向き見舞っております。重傷を負い日本軍に救助されて捕虜となり佐世保の海軍病院に入院していました。色々と話しをしてロジェストヴェンスキー司令官は東郷提督にすっかり魅せられて、

「このような素晴らしい提督と戦えた事を誇りに思う。敗れた相手が閣下であったことが、私の最大の慰めです」と言って涙を流したとのことです。敵将にこのように言わせた東郷提督の人格は、推して知るべしです。

 古島松之助「東郷提督、佐世保病院にロジェストヴェンスキー提督を見舞う図」

 

また日露戦争後、提督は各地で記念碑に揮毫を頼まれました。例えば福岡県福津市の大峰山自然公園内にある記念碑は、当初記銘を「日露戦争戦勝記念」にする予定でしたが、提督が「戦勝という字句は、国の尊い犠牲となられた両国軍人のことを思うと忍びない」と反対したため「日本海海戦紀念碑」となりました。これは乃木大将と同じく、敗者に恥ずかしめを与えてはならないとの配慮からです。これらの行為は武士道の惻隠の情から来るものです。

 


 大峰山自然公園内の日本海海戦記念碑

台湾の故李登輝総統は、「武士道は世界の指導原理だ」と言っておられました。これは極端だと思われる人も多いと思いますが、それこそ間違いだと思います。何故ならアメリカで真田広之主演のテレビドラマ「将軍」が大ヒットした事実があるからです。まともな人間は「今だけ、金だけ、自分だけ」の人物よりも、自己犠牲を厭わず「世の為人の為」に働いている人を尊敬します。武士道は決して日本人だけのものでは無く、世界共通の普遍性を持っているという事に気付くべきだと思います。

現在学校では「自由、平等、人権」が金科玉条の思想として教えられておりますが、これらの思想は歴史や伝統を無視した西洋の小賢しい知識人が頭の中で考えたものです。例えば他人を著しく傷つける行為をしても、表現の自由だと言い訳し、男も女も平等だと言って小中学校で同じ部屋で着替えをさせたりした事もありました。これは男女の性別や感性の違いを無視した暴挙です。

また左翼の人達は子供の人権を大事にしなければならないと主張します。これに反論するつもりはありませんが、しかし子供は大人が持っていない特権を与えられているという事を教えなければならないと思っています。例えば未成年者は殺人を犯しても大人より刑が軽くなります。これは特権です。なぜ特権が与えられているのかというと、大人よりも人格が未熟な為、適切な教育や環境の調整によって立ち直る可能性が成人よりも高いとされており、刑を大人よりも軽くして社会の中で立ち直る機会を与えようという主旨です。しかしながらズル賢い子供は、殺人を犯しても18才未満だと死刑にならない事を知った上で殺人に及ぶケースもあります。人権とは歴史や伝統そして家族などの共同体から完全に切り離された個人の生きる権利ですから、自分が一番大事と思ってしまうのは当然の帰結です。行き過ぎた人権尊重により、社会秩序や他者への思いやりの欠如を招く可能性があります。

今こそ乃木希典大将や東郷平八郎提督の武士道精神を学び、西洋生まれの自由、平等、人権を少し疑う事が現在の閉塞感を払拭するのに役立つのではないかと思っております。

 

英国ネルソン提督の名言

当時の戦艦は帆船ですから風向きによって勝敗が決まる事がありました。ネルソン提督は「風は勇者の念ずる方向に吹く」と喝破しました。

 

東郷平八郎提督の名言

明治天皇から「ロシアのバルチック艦隊といかに戦うか」との御下問に対し、提督は「誓ってこれを撃滅し、もって宸襟(しんきん)を安んじ奉ります」と報答しました。東郷提督はこの言葉通りにバルチック艦隊を撃滅したのです。

 

※宸襟(しんきん)・・・天皇陛下のお気持ち、心中を敬っていう言葉

 

菅田拝

2026/05/02

乃木希典陸軍大将

 菅田代表提言 第43

 

乃木希典陸軍大将

 

乃木大将は戦前は英雄、戦後は愚将のレッテルを貼られました。それは司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の影響です。司馬遼太郎の嘘が信じられている事は大変な不幸なことです。しかし日本政策研究センターの主任研究員 岡田幹彦先生の著作「乃木希典:高貴なる明治(展転社)によって乃木愚将論は粉砕されました。

是非ご一読をお勧めします。



乃木希典 高貴なる明治

 

さて、乃木大将が日露戦争で旅順要塞を陥落させた後、敵将ステッセルにどのように接したかを書きます。

 欧米や中国では、敗軍の将は勲章を着用したり、帯剣は先ず許されませんし名誉を毀損される事もあります。しかし、日本の場合「敵ながら天晴れ」と言う言葉があるように、敵将に対して配慮を忘れず、名誉を尊重します。これが武士道です。

明治天皇は、山縣参謀総長を通じて乃木大将に聖旨を伝達しております。

「陛下には、将官ステッセルが祖国の為尽くせし苦節を(よみ)したまい、武士の名誉を保たしむべきことを望ませらる。」

これを受けた乃木大将は、直ちに軍使を派遣してステッセル将軍に聖旨を伝えます。それからステッセル将軍に食料として鶏、葡萄酒、野菜等を送っております。そして「水師営の会見」が行われました。その時ステッセル将軍は、軍装の上勲章を下げ帯剣しております。日本軍はステッセル将軍を、捧げ銃(ささげつつ=軍隊で、銃を用いた敬礼の一つ)で迎えます。普通は敗軍の将に捧げ銃はしません。


凱旋記念の絵はがき ステッセル将軍は帯刀している
 

海外の報道陣は「取材させてくれ」と頼み込んで来ましたが、乃木大将は敗軍の将に配慮して、これを許しませんでした。許したのは一枚の写真だけです。この写真だけを見れば、どちらが勝利者か分かりません。

 

中列左から二番目が乃木大将、乃木大将の右隣がステッセル将軍



水師営での会見が始まるとステッセル将軍は乃木大将の人格に感銘を受けます。そしてステッセル将軍は愛馬を乃木大将に献上します。水師営の会見は世界に発信され、乃木大将の武士道は世界から絶賛されました。

ステッセル将軍が帰国すると早速軍法会議にかけられ、死刑判決を言い渡されます。これを知った乃木大将は、ヨーロッパに居た部下にステッセルの減刑嘆願運動をさせます。その甲斐があってステッセルは死刑を免れたのです。しかし生活は窮乏しましたので、乃木大将は名前を伏せてステッセル将軍に送金しております。

 明治天皇が崩御されて、御大葬の日に乃木大将は奥様と共に明治天皇の御跡(みあと)を追い割腹自決を遂げます。これは世界中に配信されます。これを知ったステッセル将軍は、名前を伏せ、モスクワの一僧侶として、皇室に次ぐ弔慰金を送ってきたのです。

左: 乃木静子夫人   右:乃木希典大将


もし乃木大将がステッセル将軍に対して恥辱を与えていたら、この様な感動的な物語が生まれるはずがありません。

 

 

補足説明

・旅順要塞・・・ロシアの総司令官クロパトキンは、「如何なる敵をもってしても3年間持ち堪える」と豪語していました。難攻不落の要塞という事です。

・聖旨・・・天皇陛下のお考え、命令またはその文書

・嘉(よみ)したまい・・・尊いものとして認め、褒め称える

 ・乃木坂・・・東京都港区赤坂8,9丁目付近にある坂道。元は幽霊坂と言われておりましたが、乃木大将が亡くなった後、赤坂議会の決議により乃木坂に改名されました。近くに乃木邸と乃木神社があります。

 

乃木大将の和歌二首

武士(もののふ) は玉も黄金も何かせん 命にかえて 名こそ惜しけれ

うつし世を 神去りましし 大君の みあとしたいて 我はゆくなり (明治天皇が崩御されたので、私もお供いたしますの意)


・イアン・ハミルトン英国陸軍中将の言葉

「もし私が日本人なら、乃木将軍を神として仰ぐであろう。」

  

是非唱歌「水師営の会見」をYouubeで聴いてみて下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=plxQcGfVpMc

 

唱歌 水師営の会見

作詞 佐佐木信綱 

作曲 岡野貞一

 

旅順開城約成りて 敵の将軍ステッセル

乃木大将と会見の 所はいずこ水師営

 

庭に一本棗の木 弾丸跡も著るく

崩れ残れる民屋に 今ぞ相見る二将軍

 

乃木将軍は厳かに 御恵み深き大君の

大詔伝うれば 彼畏みて謝し奉

 

昨日の敵は今日の友 語る言葉も打ち解けて

我は讃えつ彼の防備 彼は讃えつ我が武勇

 

形正して言い出でぬ 「この方面の戦闘に

二子を失い給いつる 閣下の心いかにぞ」と

 

「二人の我が子それぞれに死所を得たるを喜べり

これぞ武門の面目」と大将答え力あり

 

両将昼餉共にして なおも尽きせぬ物語

「我に愛する良馬あり 今日の記念に献ずべし」

 

「厚意謝するに余りあり 軍の掟に従いて

他日我が手に受領せば 長く労わり養わん」

 

「さらば」と握手懇ろに 別れて行くや右左

砲音絶えし砲台に ひらめき立てり日の御旗

 

以上 

次回は元帥東郷平八郎海軍大将について書きます。

菅田拝

2026/04/10

ビスマルク首相とトランプ大統領

菅田代表提言 第42

 

ビスマルクとトランプ

 

軍服姿のビスマルク (1894年)
  

 

 鉄血宰相ビスマルク(1815-1898)はドイツ統一を成し遂げた政治家として有名ですが、彼はただガムシャラに戦争を仕掛けてドイツを統一させた訳では有りません。彼は決闘好きな乱暴な面もありましたが、歴史をよく学んでおりました。これが一つの鍵です。


彼はまずオーストリアと組んでデンマークに戦争を仕掛けて撃破します(1864年対デンマーク戦争)。それから、なんとオーストリアに戦争を仕掛けてこれも屈服させます(1866年普墺戦争)。この時ビスマルクは軍部を抑えて、オーストリアに恥辱を与えないようにします。これが後のフランスとの対戦の時に効果を発揮します。オーストリアは恥辱を与えられなかった事に恩義を感じて、その後の普仏戦争(1870)に干渉しなかったのです。プロイセンはフランス軍を破り、ここにデンマーク、オーストリア、フランスに干渉される事なく、プロイセンを中心にドイツは統一されました(1871)。

 

ビスマルクはオーストリアを破った時と同様に軍部等を抑えて、フランスに恥辱を与えないように動いたのですが、この時は無理でした。ドイツ皇帝となったウィリアム1世の戴冠式が、なんとベルサイユ宮殿で執り行われました。誇り高いフランス人にとってこれ程の屈辱は無かったと思います。

 

ヴィルヘルム1世の皇帝即位式を描いた絵画。中央の白い軍服がビスマルク
(出典:wikipedia)


第一次大戦(1914-1918)後、今度は敗戦国ドイツがイギリスとフランスに多額の賠償金を要求されます(英経済学者ケインズは過酷なあまり欧州経済まで破綻させると警鐘を鳴らした)戦後のドイツはハイパーインフレに見舞われ塗炭の苦しみを味わう事になるだけでなく、欧州経済にも悪しき影響を及ぼしました。このように戦争に勝利した後、相手に恥辱を与えない場合と恥辱を与えた場合と、その後の展開が全く変わってくるのです。

 

ビスマルクは「愚者は己の体験に学び賢者(自分)は歴史に学ぶ」と言っております。この姿勢がビスマルクを偉大な政治家にしたのです。


翻って米国のトランプ大統領の言説はどうでしょうか。「一つの文明が終わる」、「クソったれの海峡を開けろ」、「石器時代に逆戻りだ」と相手を汚い言葉で罵り、敵対していた人が亡くなった時も「亡くなって良かった」と言ってしまいました。これらはあまりにも品性に欠ける発言です。


 トランプ大統領(2026年)(出典 ARAB NEWS)

第二次世界大戦末期にアメリカのルーズベルト大統領が亡くなった時、日本の鈴木貫太郎首相は弔意を表明しましたが、ドイツ側は大喜びしたと聞いた事があります。


鈴木貫太郎首相(出典 wikipedia)


 「綸言(りんげん)汗の如し」と言う言葉があります。権力者が一度発した言葉は、汗と同じで引っ込みがつかない、取り消したり訂正したり出来ないという意味です。日本の政治家にも発言にはくれぐれも注意して貰いたいと思います。

 

次回は日露戦争の時、敗軍の将に対して東郷平八郎海軍元帥と乃木希典陸軍大将がどのように接したか書きたいと思います。


 

補足説明

プロイセンの陸軍参謀総長は、軍事の天才モルトケ元帥でした。彼は兵員や武器等を鉄道を使い速やかに移動させ、また電信も上手く使い、それから指揮官の自発性を尊重しました。

参謀総長時代のモルトケ(1914年)(出典wikipedia)

モルトケは軍事の天才ですが、 ビスマルクが外交で敵を一国に絞り込んでくれたから、その才能を発揮する事が出来たのです。

ビスマルクは粗暴な面があり、モルトケは紳士でしたから、この二人の英傑は、反りが合わないところがあり衝突する事も有りましたが、お互いに敬意を持っておりましたからドイツ統一を成し遂げる事が出来たのです。

菅田拝

 

 

 

2026/03/06

アンドレ・マルローの予言 その5

 菅田代表提言 第41回

 

アンドレ・マルローの予言 その5


アンドレ・マルロー生誕100年記念出版
「アンドレ・マルローの日本」

  フランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件についてその理由を掘り下げる第5回、今回で纏めたいと思います。

 

 日本人は主君に対する忠義と、親に対する孝行どちらを上位にするか?それは忠を上位と考えていました。中国は孝の方が上位です。これは、日本人は私的なものより公を優先したという事を意味します。現在の日本人にもまだ残っている精神です。その例を少し上げたいと思います。

 

現在世界中で使用されているQRコード、点字ブロック、世界の電気製品に欠かせないソフトのトロン、駅の改札口で使われている非接触ICカード技術、これらは日本人が開発した技術ですが、特許料を取れば莫大な利益を得る事ができるにもかかわらず、それをやらず技術を社会の為に解放したのです。金銭よりも社会に対する貢献を優先させた日本人らしい行為だと思います。

 

以前ブログに書きましたが、大東亜戦争は自存自衛の為、そしてアジア解放の為に日本人が命をかけて戦ったのですから、技術を開放する位はさほど驚く事は無いと思ったりもしますが、しかし敗戦後のアメリカの日本占領でかなり日本人は洗脳され個人主義的な人が増えましたから、技術の開放はやはり大いに称賛すべきものだと思います。

 

話しが少し横にそれますが、明治の大日本帝国憲法の起草にあたり中心的な役割を担ったのが井上毅(こわし)であります。彼は憲法を起草するにあたり古事記と日本書記を研究しました。そして「シラス」と言う言葉と「ウシハク」と言う言葉がある事に気が付きます。「シラス」とは「知る」からくる言葉で、民が何を求めているかを知って政治をする事です。「ウシハク」とは力で民衆を従わせる政治です。


       井上 毅 (引用:Wikipedia)

 井上毅は、大日本帝国憲法の第一条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲシラス」と書きましたが、「シラス」と言う言葉は分かりづらいので、伊藤博文は「シラス」を「統治ス」と書き換えました。しかし伊藤が書いた解説書大日本帝国憲法義解には、「統治はシラスと同じ意味である」と書いております。

 

このように日本は古代よりシラス政治が基礎にあったのだと思います。そして現在の日本人も、シラスと言う言葉は知らずとも、常に相手の事を思いやり行動していると思います。近江商人は「三方良し」(売り手良し、買い手良し、世間良し)の精神で商売をしておりました。アンドレ・マルローは日本を深く研究して、日本人の行動様式を知っていましたから、「日本が世界を救う」と発言したのでしょう。

 

日本を研究した天才的人類学者クロード・レヴィ=ストロースも「悔しいが日本は比類がない」と高く評価しておりました。このように世界から称賛される日本ですが、毎年多くの子供達が自殺しております。それは、日本人が日本の歴史や伝統を知らず、自己肯定感が低いからだと思います。教育現場で誇りある歴史や伝統を教えなければならないと思っております。  

 

菅田拝

 

 

 

 補足説明

島津斉彬公は家臣に「薩摩の国の土地と人民は天子様(天皇)からお預かりしたものだと言う事を忘れてはならない」と訓示しております。

現在の政治家で、「国安かれ民安かれ」と、毎日のように神々に祈りを捧げておられる天皇陛下の大御心(おおみこころ)を思い政治活動をしている政治家がどれだけいるでしょうか。残念ながら極少数だと思います。そもそもシラスと言う言葉を知っている政治家がどれだけいるでしょうか。政治家には、もっと日本の国柄を知って貰いたいと願っております。


クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)

写真:Wikipedia

フランスの社会人類学者、民族学者。フランスの高等教育の最高峰であるコレージュ・ド・フランスにて社会人類学講座を1984年まで担当。国際交流基金の招きで1977年に初来日し、5度ほど来日して講演・シンポジウムや、日本人学者や日本学者らとの交流を行う。日本文化を高く評価する親日家であり、1993年春の外国人叙勲で勲二等旭日重光章が授与されている。

2026/02/10

アンドレ・マルローの予言 その4

菅田代表提言 第40回
 
アンドレ・マルローの予言 その4
 
  フランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件についてその理由を掘り下げる第4回です。

アンドレ・マルロー氏(引用:wikipedia)

 1958年(昭和33年)、アンドレ・マルローは情報相(大臣)として来日した時に昭和天皇に拝謁を賜っております。その会談でマルローは昭和天皇に「特攻隊の国を思う純粋な精神、武士道精神は素晴らしい」と述べ、彼らの精神に対する感銘と賛辞を伝えました。

 当時、戦後の知識人で特攻隊を称賛した人はほとんどおりませんでしたが、しかしゼロでは有りませんでした。世界的大数学者の岡潔先生は特攻隊を次のように評価しております。「日本人の『情緒』や『無私』(小我を捨てて大我に生きる)の精神の究極的な表れ」この岡先生の評価は、マルローと共通しております。

岡潔先生


  またマルローは、当時皇太子だった上皇陛下とも会談されております。その時に彼は国連を痛烈に批判したのです。驚いた上皇陛下にマルローは、「国連がしっかりと機能していれば世界はこのようになっておりません殿下。」と申し上げたのです。
 
 これは現在も変わり有りません。そもそも国連を作った人達は左翼思想の持ち主で、将来的に国連の機能と権限とを強化してグローバリストの大富豪や闇の勢力による事実上の世界政府を作ろうとしているのです。従って国連は、日本の皇位継承について「男女平等に反する」などと一国の主権に関わるようなことに対して無礼な口出しをしてくるのです。国際政治学者の藤井厳喜先生も、国連ほど腐敗している組織は無いと言っております。
トランプ大統領が66もの国連機関から脱退すると宣言したのは、故あっての事なのです。

藤井厳喜先生の著作「国連の正体」

 
 少し脱線しました。日本人は情緒が豊かで道義心が強い民族です。その道義心の根本は、「人の痛みや悲しみが分かる」というところにあります。故に日本人は優しい人が多く、嘘をつかないのです。日本は自然災害の多い国です。世界の国々では戦争で亡くなる人が多いのですが、日本は例外で、災害で亡くなる人が多いのです。ですから人の悲しみを我が事として受け止め、困った時には助け合わなければ生きられない事を良く知っているのです。
 
 また、日本の海外援助はただ単に物を与えるのでは無く、共に汗をかいて技術を教え、将来日本人の世話にならずとも自立した生活が出来るように手助けします。魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えるのです。これは将来悲しい思いをしない様にとの親切心からくるものです。
 
 大東亜戦争の時、日本軍が占領した地域では軍人が現地の人達と一緒に泥まみれになりながら田植えのやり方などを教え、また戦後欧米諸国の植民地支配から独立を勝ち取り、国政を維持出来る様にと軍事訓練や官僚の育成にまで尽力しました。

 現在も自衛隊はPKOで派遣された国の人達と共に作業をします。欧米諸国の軍人は、現地の人達に指示するだけで、一緒に汗をかき仕事をする事はあまりないようです。イラクに派遣された自衛隊も現地の人達と一緒に働き、信頼を得ていきました。現地の部族長は日本の自衛隊に攻撃を加える事を厳禁していました。そして現地人達による「自衛隊感謝デモ」だけでなく「自衛隊帰らないでデモ」まで発生したのです。これは日本人の誇りではないでしょうか。



PKOで活躍する陸上自衛隊の方々と現地の子供たち


次回を最終回にしたいと思います。  菅田拝

 
 
◆補足説明
・小我…私心、自分の利益
・大我…国家や、愛する者の為に命を捧げること。より高い道義。

・集団的無意識
個人の経験を超えて人類全体に共通して遺伝的に受け継がれている深層心理の領域。日本人の優しさは先祖の度重なる災害の経験により遺伝子に組み込まれたようです。最近の遺伝子研究で、日本人には特殊な優しい遺伝子があると主張する研究者もおります。 『YAP遺伝子(親切遺伝子)

・岡潔
(1901-1978)大阪生れ。日本数学史上最大の数学者。1925(大正14)年、京都帝大卒業と同時に講師に就任、以降、広島文理科大、北大、奈良女子大で教鞭をとる。多変数解析函数論において世界中の数学者が挫折した「三つの大問題」を一人ですべて解決した。1960(昭和35)年、文化勲章受章。エッセイ集に『春宵十話』『日本のこころ』『風蘭』『情緒の教育』『情緒と創造』『情緒と日本人』等 哲学的にも大きな影響力を示した。