2023/11/19

民主主義を疑え! その3 


 
菅田彰人代表提言 第13

 

 民主主義を疑え 3

                                                                                   令和51118

 


前回の続きです。

何故ヒトラーはポーランドに侵攻したのか、それには理由があります。第一次大戦の時ポーランドは亡国の憂き目にあっていて、戦後独立を回復する時、ドイツの領土であった港湾都市ダンチヒとポーランド回廊はポーランドに割譲されました。

ヒトラーは、住民の9割がドイツ人であったダンチヒの返還は要求しましたが、ポーランド回廊の返還は要求しませんでした。ただポーランド領土内にあるドイツの飛び地と、ドイツ本土を繋ぐ高速道路それから鉄道の建設を要求したのです。このヒトラーの要求は意外と寛大でポーランドにとって過酷な内容ではなかったのです。

ところが英仏は「ポーランドを支援するから、ヒトラーに妥協しないように」と圧力をかけました。またアメリカも「もしドイツと戦争になったら必ず支援するからドイツと妥協するな」とポーランドに圧力を掛けます。アメリカが最も強硬で、英仏にも同様の圧力を掛けていたのです。そんな時に起きたのが、ポーランド回廊のドイツ系住民6万人がポーランド軍によって惨殺されるという事件です。これでヒトラーはポーランド侵攻を決断します。

ドイツによるポーランド侵攻の二週間後に独ソ不可侵条約秘密議定書に従い、スターリン率いるソ連もポーランドに侵攻して、ポーランドは独ソにより東西に分割されてしまうのです。英仏はドイツに対抗できるだけの軍事力が無いにもかかわらずポーランドにドイツとの妥協を許さなかったのは、戦争を起こし大儲けしたい闇の勢力がいたからです。

イギリスはポーランド救援の為ドイツに宣戦布告しましたが、ドイツとグルになってポーランドを侵略したソ連には宣戦布告をしませんでした。ドイツが悪ならソ連も悪の筈です。

日本は満洲事変の後、国際連盟を自ら脱退しましたが、ソ連はフィンランドに侵攻したことで国際連盟を除名になっています。イギリスとアメリカは国際連盟を除名になったソ連と手を結んだのです。

横道にそれますが、満洲国は日本の投資によって爆発的に発展しました。日本の関東軍により匪賊や馬賊が討伐され治安が良くなり、毎年中国から100万人位の移住者が有ったのです。もし第二次大戦が無ければ満洲国は世界有数の経済大国として残ったと言われています。一方ソ連に侵攻されたフィンランドは、今でもロシアに怯えています。

この様に歴史は多方面から見ないと真実が見えてきません。次回はドイツとアメリカは戦争をしていたが、大資本家達は提携していた事を書きます。 

菅田拝

 追伸 

満洲は満洲人の故地で、清朝は満洲人が漢民族を支配した王朝でした。清朝の最後の皇帝溥儀は、清朝再興の願望があり、また関東軍も満洲国を建国しソ連との緩衝地帯にしたいとの思惑があったのです。