去る3月21日、内藤良介議員の仲介で、菅田代表が仙台市議会の橋本議長に「旧姓の通称使用の法制化を求める」陳情書を提出しましたのでご報告致します。
2025/03/29
2025/03/02
日本の外交の危うさ その2
先日、元外務事務次官の話しを聞く機会がありましたので、その感想を述べたいと思います。
彼はまずアメリカ大統領選挙について述べ、上院下院の違いについても語りました。しかし私は少し違和感を覚えました。前回の大統領選挙が、前代未聞の不正選挙だった事には全然触れなかったからです。アメリカで生活した事があり、元外交官で、人脈も豊富なこの人が不正選挙を見抜けないはずはないと思ったのです。
また、講演の最後に質問に答える形で、ディープステイトの存在や、日本の核保有について語っておりましたが、私は「この人は、この件について言ってはならない事だと意識して講演をしているな」と思いました。
彼は「アメリカは民主主義の国だから、政府を影で操る事など出来ない。」と述べておりましたが、それではトランプ暗殺未遂事件の前に、トランプ関連の株が大量に空売りされていた事をどう説明するのでしょうか。トランプが暗殺される事を知っていたから大富豪達は大量の空売りをしかけたのではないでしょうか。現在トランプ大統領は、この闇の勢力と戦っているのだと私は思います。
また「日本は核武装すべきではない。」と強調しておりましたが、では何故世界の国々は、出来れば核武装したいと思っているのか説明して頂きたいと思いました。
かつて外交評論家だった故加瀬英明先生はアメリカに行き、原爆投下に関わった人達を訪ねて、次のような質問をしました。
「もし日本が原爆を保有していて、アメリカに投下する事が出来たとしたら、広島に原爆を投下しましたか?」すると、
「分かりきった質問をするな」と言われましたが、加瀬先生はなおも食い下がり、
「はっきりと答えて下さい」と迫ると、
「投下するわけないだろう」という返事が帰ってきたと語っておりました。この、中学生でも分かる論理を、元外務事務次官が分からない筈がありません。きっと私達の知り得ない圧力があるのでしょう。
最後に西郷隆盛翁が語った言葉を、山形庄内藩の人達がまとめた南州翁遺訓から。
現在の日米関係を語っているようです。
菅田拝
2025/02/09
日本外交の危うさ
日本外交の危うさ
日本はよく外交下手と言われております。
国際会議で議長が苦労するのは
「如何にインド人を黙らせ、日本人に発言させるかだ」
と言われるように、日本人は外交の場であまり自己主張をしません。しかしこの傾向は、明治維新後暫く経ってからの事だと思います。
聖徳太子は、隋と高句麗との関係を調べた上で、隋に小野妹子を派遣して対等外交を展開しました。隋の皇帝(煬帝)は、
「日出ずるところの天子、日没するところの天子に書を致す恙きや」
と書かれた日本からの国書を読み激怒しますが、(天子はシナの皇帝ただ一人という考えによる)裴世清を皇帝の勅使として日本に派遣します。これは
「日本は無礼だが、高句麗と結ばれてはマズイ」
との意思表示だと思います。もし隋と高句麗が敵対関係ではなく、友好関係にあれば、聖徳太子も別の戦略を考えたと思います。
また鎌倉時代に、世界一の大帝国元の使者が日本に来て、元への服属を求めます。その国書の最後に、
「降参か戦争か、どちらか選択するが良い」
と書かれていました。朝廷は、菅原道真の子孫の菅原長成に、名文の返書を書かせ、北条時宗に示されました。しかし彼は、
「無礼な者に御返事を与えられるのは勿体無い事です、武力で脅す者には、武力で答えましょう」
と申し上げて、返書は取り止めになります。元の使者には、もしまた使者が来たら斬ると伝えました。
文永11年、元は大軍で対馬と壱岐を襲い、九州に上陸します。武士達が奮戦敢闘した為に、元軍は陸地に橋頭堡(陣地)を造る事が出来ませんでした。元軍は仕方なく船に戻り、大風雨で元軍は壊滅したのです。
文永の役後、元から(健治元年)また使者がきましたが、時宗は無礼を責めてこれを斬り、国防に努めます。何故時宗は使者を斬ったのか、それは国論を一つにする為です。師匠の禅僧(無学祖元)から「煩悩するなかれ」(クヨクヨするな)という教えを受け、それを忠実に守ったのです。
文永、弘安の二度の元軍の来襲の時、朝廷では亀山上皇が
「御身を以って国難に代わりたい」
と伊勢の大神宮に祈願され、武士達は元の船に夜襲をかけたり、徹底的に戦ったのです。この挙国一致の体制が、神国日本を元の侵略から守ったのです。
翻って現在の外交はどうでしょうか。アメリカからは、アメリカでは使用禁止の除草剤(ラウンドアップ)を買わされたり、外交圧力で残留農薬濃度の基準を6倍に緩めさせられて、アメリカ産の高濃度汚染小麦を買わされたり。また中国や韓国から総理大臣の靖国神社参拝は駄目と言われれば参拝を思い止まる。これで日本は独立国と言えるでしょうか? 政治家や官僚には、もっと誇りある日本の歴史を学んで貰いたいと思います。
次回は私が先日参加した元外務事務次官のトンチンカンな講演を聞いての感想を書きたいと思います。菅田拝
2025/01/10
年頭提言 大転換の年
新年明けましておめでとうございます。
私は今年は世界が大きく変化するのではないかと思っております。まずアメリカの大統領に、トランプ氏が返り咲いた事が大きいと思います。前回バイデン氏が大統領になったのは、前代未聞の不正選挙で、GAFAM(Google、Apple、Facebook(現Meta Platforms, Inc.)、Amazon、Microsoft、5社の頭文字をとった呼び名)と言われる巨大なI Tグローバル企業は、皆バイデン支持でした。選挙時に情報の検閲が有った事も明らかになっております。しかし今回トランプ氏が当選すると、手のひらを返すようにトランプ詣でをしているようです。特にかつてリベラルの代表格だったザッカーバーグ(Facebookを2004年に設立した創業者であり、現在Metaの会長兼CEO)はトランプ氏の暗殺未遂事件を見て感動し、自社のプラットフォームを右傾化してトランプ政権に取り入る姿勢を強めたようです。
合衆国次期大統領ドナルド・トランプ氏
トランプ氏支持のアメリカ国民は、大手マスコミを信用していないようです。それはワシントンポストの大赤字となって表面化しました。
ヨーロッパでは極右政党(大手マスコミの呼び方。私はまともな政党と思っています)の躍進が顕著になってきました。それは移民による治安の悪化が限界を越えたからです。
このように世界は滅茶苦茶な状態になっています。世界の人々は何かが狂っていると感じております。
何故これ程までにグローバリズムが叫ばれるのでしょうか。それは、世界経済フォーラム(ダボス会議)が目指す、世界統一政府を造るためです。全世界の人々をコントロールするには、国境や宗教それから家族などの共同体は邪魔なのです。かつて世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長は、「将来、私有財産を無くす。」と言っておりました。それからシュワヴ会長は「各国の政府は我々の方針に従うべきだ。」とも発言しております。
以前プーチン大統領はダボス会議に参加して、「世界統一政府に反対する。我々は歴史や文化を大切にする。」と述べました。だからトランプ氏や故安倍晋三元総理と仲が良かったのです。
次回、この件に関してもう少し深掘りしたいと思います。
菅田拝
2024/12/07
アメリカ合衆国大統領選挙
2024/11/02
菅田代表提言 第25回 虚構の南京大虐殺 その3
菅田代表提言 第25回
虚構の南京大虐殺 その3
令和6年11月2日
極東国際軍事裁判(東京裁判1946-1948)で南京事件を取り上げると言う事になり、中国で[南京敵人罪行調査委員会]と言う組織が作られました。敵人とは日本軍のことで、文字通り南京に於ける日本軍の犯罪行為を調査する委員会です。そして日本軍の非道、残虐行為を告発しなさいと南京市民に呼びかけました。しかし『冬の蝉のごとく口をつぐみて言わず』と報告するしかなかったのです。
中国側はこれではマズイと思い、紅卍字会と言う慈善団体が死体を埋葬したと言う事にして一覧表を作成しました。そして約4万5千体の虐殺死体を埋葬した事にしました。それから崇善堂と言う葬儀社が11万2千数百人を埋葬した事にしました。ちなみこの崇善堂と言う葬儀社は、阿羅健一先生が、南京市の書類を研究して当時休業していた事が証明されております。また魯甦と言う人物が、日本軍が中国軍と南京の男女老幼を虐殺するのを見たと証言しました。その数は57,418人と、一桁迄答えたのです。しかも[咫尺(しせき)則ち目前]で見ていて自分だけ助かったと言うのですから、これは笑い話にもなりません。それから二人の材木屋が28,730体の死体を埋葬したと言う証言もありました。
これらの嘘っぱちな話しが重なって34万人虐殺したと言う事になったのです。これでは余りにも嘘くさいので、東京裁判法廷は南京事件は日本軍が20万人以上の一般市民を虐殺したと判決しました。しかるに松井大将に対する判決はどうかと言うと、貴官が統率した日本軍は10万人以上を虐殺した、とさらに半分にねぎっているのです。これが東京裁判の実態です。
支那事変勃発から終戦に至るまで、日中間には何度も和平工作がなされましたが、その間南京大虐殺について話題になった事は一度もなく、汪精衛は蒋介石と別れて、南京に親日政権を樹立しております。これらの事実を見れば南京大虐殺が虚構である事がわかると思います。
昭和の聖将と呼ばれた松井石根大将は、南京陥落後、戦陣に散った日中双方の将兵の御霊を慰めたいと激戦地の土を集めさせて持ち帰り、日本の土と練り混ぜて伊豆の熱海に興亜観音像を建立しました(昭和15年)。それには「怨親平等(おんしんびょうどう)」と書かれております。これは敵も味方も同じように処遇するという意味です。松井大将は昭和20年に戦犯として逮捕されるまでの5年間、毎日15分かけて山を登り、興亜観音にお参りし観音経をあげていたそうです。
菅田拝
2024/10/06
菅田代表提言 第24回 虚構の南京大虐殺 その2
菅田代表提言 第24回
虚構の南京大虐殺 その2
令和6年10月6日
今回も南京大虐殺の虚構について書きます。
昭和12年12月に中国の首都南京が、日本軍の攻撃によって陥落します。日本からは120人のマスコミ関係者が、また少し遅れて大宅壮一、西条八十、林芙美子、小林秀雄、石川達三ら多くの小説家、評論家も南京に入城しました。しかし誰一人として大虐殺なるものを見ておりません。
当時の朝日新聞社は「平和甦る南京」の写真特集を1ヶ月に5回も増刊号として出版しており、その写真には疎開していた南京市民が帰ってくるもの、農夫が畑を耕しているもの、日本人が中国の傷病兵を看病しているもの、日本兵と中国の子供が楽しそうに遊んでいるもの等が有ります。これらは第一級の資料です。こう申しますと左翼陣営から「大虐殺の写真もある」と、反論されそうですが、それらの写真は全て捏造写真である事が、科学的に証明されております。では何故未だに「南京大虐殺」の嘘が罷り通っているのか。
まず日本の歴史教科書に「南京事件」(一部教科書を除く)が書かれていて、中国も日本が「南京事件があった」と言っているので、これを教科書で教えるようになりました。信じられない事ですが、中国より先に日本の教科書に南京事件が書かれたのです。
江沢民主席時代(1989~2002)から本格的な反日教育がはじまり、日本の政治家の無知に付け込んでこれを外交で最大限に利用しました。しかし無かったものは無かったのです。
少し例を挙げてみますと、東京裁判で米国人ベイツ金陵大学(南京大学)教授は、「南京の至る所に死体があった」と証言しておりますが、南京陥落後東京日日新聞の取材の時にベイツ教授は、「秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです」と言っております。ベイツ教授がアメリカの記者に嘘のメモを渡した為に、一時期南京で不法行為があったと新聞に書かれた事がありましたが、後に嘘話だということが分かり沈静化しました。また、彼は後に国民党中央政府の顧問だった事が判明しました。
また南京の安全区に居たドイツ人、ラーべ委員長(南京攻略戦の際、他の十数人の外国人と共同で組織した南京安全区国際委員会の委員長となり、中国民間人の保護に努めた。)は、日本軍に次のような書簡を送っています「私どもは貴下の砲兵隊が安全地区を攻撃しなかったという美挙に対して、また中国人の援護に対する将来の計画につき、貴下と連絡をとり得るようになりました事に対して感謝の意を表するものであります」またラーべ委員長は日本軍に、安全区を攻撃しなかった事に感謝して、感謝状を贈呈しております。
補足説明
何故日本軍が占領した南京に市民が戻ってきたのでしょうか?日本軍は市民に暴行するような事はしないと分かっていたからです。中国の庶民は、中国人の軍隊が来るとすぐに逃げます。それは掠奪や暴行されるからです。中国の諺に「良い鉄は釘にならない、良い人は兵にならない」と言うものがあります。中国には当時、徴兵制度は有りませんから、軍が街中でゴロツキを強制的にトラックに乗せて軍に連行し、兵隊にしていたのです。信じられない事ですがこれが事実です。これを良く知っているのが戦後の台湾の方々です。彼らは「アメリカは日本に原爆を投下したが、台湾には蒋介石を投下した」と言っております。興味のある方は、戦後台湾で起きた228事件を検索して見て下さい。
次回も南京事件について書きます。
菅田拝