菅田代表提言 第47回
令和8年9月6日
宮城ビジョンの会代表 菅田彰人
アメリカ その3
報道されないアメリカの日本兵に対する残虐行為
毎年8月になると大東亜戦争についての番組や特集がマスコミ各局で組まれ、報道されます。
先日たまたまNHKの「映像の世紀」という番組を観ていたら、大東亜戦争末期に※テニアン島の戦いで日本軍を破ったアメリカ軍が日本の子供達を学校に通わせている場面が出てきました(テニアンスクール)。これは米軍の情報士官テルファー・ムックが提案、設立したものです。戦争で翻弄された日本人の子供達に学びの場と明るい環境を与えるという目的で設立されたものです。これは日本人として素直に感謝しなければならないと思います。
しかしNHKはその番組の中で米軍の日本兵に対する残虐行為について語りませんでした。以下の写真は米兵が日本兵の頭蓋骨を恋人に戦利品(トロフィー・スカルと呼ばれていた)として送り、それに返信の手紙を書いている場面です。
私はこの写真を、今は亡き西尾幹二先生の講演会で初めて見て、正直気持ち悪くなり白人の残虐性を再確認しました。この他にも(日本人狩り鑑札)や(日本兵狩猟許可証)等が発行されていたようです。
以下アメリカの残虐行為を挙げてみます。
・日本兵の遺骨でペーパーナイフを作る。
・日本兵の歯でネックレスを作る。
・戦車に日本兵の頭蓋骨を飾る。
・日本兵の生首を竿に立てる。
・日本兵の頭蓋骨をボールがわりにして遊ぶ。
また硫黄島で遺骨収納を実施すると頭部のない遺骨が3000体位見つかったと言う話もあります。
アメリカ大統領トルーマンは原爆投下について『これは遺憾なことだが日本人は野蛮で狂信的だから』仕方がないと言っているのです、野蛮で狂信的なのはアメリカの方ではないでしょうか。
しかしアメリカ軍の中には当然ですが良心的な人もおりました、その一人がアメリカの空の英雄リンドバーグです、彼はアメリカ軍の野蛮行為を「リンドバーグ日記 (写真:角川ソフィア文庫・上下巻)」に書いております。
昭和12年中国の首都南京を陥落させた松井石根大将の秘書官だった田中正明先生は講演会で、
「日本は自存自衛の為、そしてアジア開放の為に戦ったのに、『侵略戦争をした』とは何事か。耐えられません。」と涙を流して憤っておられた事が今も忘れられません。
写真:田中正明先生の著書
アメリカ人の人種差別がどれ程酷かったか、そして日本軍人がいかに気高い精神を持っていたかを知る為に参考になる本を紹介したいと思います。岡田幹彦先生の最新刊、日本の偉人物語11 (大西瀧治郎 黒木博司 仁科関夫)これをご一読頂ければ何故に日本軍が玉砕する迄戦い、特攻隊を出撃させたのかご理解頂けると思います。
補足説明
テニアン島
1944年7月24日から8月2日にマリアナ諸島テニアン島において行われた日本軍とアメリカ軍との戦闘。テニアンは第一次世界大戦後、国際連盟により委任され、日本が統治し、約15,000人の日本人がサトウキビ栽培等に従事していた。圧倒的な物量の差で島を制圧した米軍は、同島をB-29の基地として整備し、米軍による日本本土爆撃基地に使用した。
1977年アメリカ合衆国ルイジアナ州生まれ。テネシー大学チャタヌーガ校で歴史学を専攻後、名古屋外国語大学、名古屋大学大学院、中国昆明市の雲南大学に留学。ハワイ大学の大学院で東アジア学、特に中国史を研究。フルブライト研究者として早稲田大学大学院法務研究科で研究。2016年ウィスコンシン大学で博士号を取得。一般社団法人日本戦略研究フォーラム上席研究員を経て、2020年4月麗澤大学国際学部准教授。2024年著書『私はなぜ靖国神社で頭を垂れるのか』(方丈社)が公益財団法人アパ日本再興財団主催の第七回アパ日本再興大賞を受賞。
東京裁判史観
この裁判は国際法によって裁かれたのでは無く、マッカーサーの命令によって開廷されました(東京裁判所条例)。これは法治国家においては本来禁止されている事後法裁判だったのです。「裁判管轄権はどこにあるか?」との弁護団の質問にはとうとう閉廷まで答えられませんでした。欧米列強の植民地主義を隠し、全て日本が悪かったという歴史捏造の為の裁判だったのです。
今でも日本の首相が靖國神社に行こうとすると妨害が入ります。それは日本に戦争を仕掛けたアメリカの闇の勢力の息のかかった政治家や官僚が内外にいるからでしょう。
マッカーサーは後に東京裁判は誤りであったと述べています。
菅田拝






