2026/02/10

アンドレ・マルローの予言 その4

菅田代表提言 第40回
 
アンドレ・マルローの予言 その4
 
  フランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件についてその理由を掘り下げる第4回です。

アンドレ・マルロー氏(引用:wikipedia)

 1958年(昭和33年)、アンドレ・マルローは情報相(大臣)として来日した時に昭和天皇に拝謁を賜っております。その会談でマルローは昭和天皇に「特攻隊の国を思う純粋な精神、武士道精神は素晴らしい」と述べ、彼らの精神に対する感銘と賛辞を伝えました。

 当時、戦後の知識人で特攻隊を称賛した人はほとんどおりませんでしたが、しかしゼロでは有りませんでした。世界的大数学者の岡潔先生は特攻隊を次のように評価しております。「日本人の『情緒』や『無私』(小我を捨てて大我に生きる)の精神の究極的な表れ」この岡先生の評価は、マルローと共通しております。

岡潔先生


  またマルローは、当時皇太子だった上皇陛下とも会談されております。その時に彼は国連を痛烈に批判したのです。驚いた上皇陛下にマルローは、「国連がしっかりと機能していれば世界はこのようになっておりません殿下。」と申し上げたのです。
 
 これは現在も変わり有りません。そもそも国連を作った人達は左翼思想の持ち主で、将来的に国連の機能と権限とを強化してグローバリストの大富豪や闇の勢力による事実上の世界政府を作ろうとしているのです。従って国連は、日本の皇位継承について「男女平等に反する」などと一国の主権に関わるようなことに対して無礼な口出しをしてくるのです。国際政治学者の藤井厳喜先生も、国連ほど腐敗している組織は無いと言っております。
トランプ大統領が66もの国連機関から脱退すると宣言したのは、故あっての事なのです。

藤井厳喜先生の著作「国連の正体」

 
 少し脱線しました。日本人は情緒が豊かで道義心が強い民族です。その道義心の根本は、「人の痛みや悲しみが分かる」というところにあります。故に日本人は優しい人が多く、嘘をつかないのです。日本は自然災害の多い国です。世界の国々では戦争で亡くなる人が多いのですが、日本は例外で、災害で亡くなる人が多いのです。ですから人の悲しみを我が事として受け止め、困った時には助け合わなければ生きられない事を良く知っているのです。
 
 また、日本の海外援助はただ単に物を与えるのでは無く、共に汗をかいて技術を教え、将来日本人の世話にならずとも自立した生活が出来るように手助けします。魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えるのです。これは将来悲しい思いをしない様にとの親切心からくるものです。
 
 大東亜戦争の時、日本軍が占領した地域では軍人が現地の人達と一緒に泥まみれになりながら田植えのやり方などを教え、また戦後欧米諸国の植民地支配から独立を勝ち取り、国政を維持出来る様にと軍事訓練や官僚の育成にまで尽力しました。

 現在も自衛隊はPKOで派遣された国の人達と共に作業をします。欧米諸国の軍人は、現地の人達に指示するだけで、一緒に汗をかき仕事をする事はあまりないようです。イラクに派遣された自衛隊も現地の人達と一緒に働き、信頼を得ていきました。現地の部族長は日本の自衛隊に攻撃を加える事を厳禁していました。そして現地人達による「自衛隊感謝デモ」だけでなく「自衛隊帰らないでデモ」まで発生したのです。これは日本人の誇りではないでしょうか。



PKOで活躍する陸上自衛隊の方々と現地の子供たち


次回を最終回にしたいと思います。  菅田拝

 
 
◆補足説明
・小我…私心、自分の利益
・大我…国家や、愛する者の為に命を捧げること。より高い道義。

・集団的無意識
個人の経験を超えて人類全体に共通して遺伝的に受け継がれている深層心理の領域。日本人の優しさは先祖の度重なる災害の経験により遺伝子に組み込まれたようです。最近の遺伝子研究で、日本人には特殊な優しい遺伝子があると主張する研究者もおります。 『YAP遺伝子(親切遺伝子)

・岡潔
(1901-1978)大阪生れ。日本数学史上最大の数学者。1925(大正14)年、京都帝大卒業と同時に講師に就任、以降、広島文理科大、北大、奈良女子大で教鞭をとる。多変数解析函数論において世界中の数学者が挫折した「三つの大問題」を一人ですべて解決した。1960(昭和35)年、文化勲章受章。エッセイ集に『春宵十話』『日本のこころ』『風蘭』『情緒の教育』『情緒と創造』『情緒と日本人』等 哲学的にも大きな影響力を示した。
 
 
 

2026/01/09

アンドレ・マルローの予言 その3

菅田代表提言 第39回


 アンドレ・マルローの予言 3



 前回に引き続きフランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件の第3回です。

 2026年1月3日、トランプ大統領はベネズエラに侵攻してマドゥロ大統領夫妻を拘束し、ニューヨークの拘置所に収容しました。これから麻薬密輸の共謀など4つの罪で裁判にかけるようです。

 1989年にもブッシュ大統領がパナマに侵攻して、ノリエガ氏を拘束してアメリカで裁判にかけ、禁錮40年の判決を下しております(後に30年に減刑) 。

 1953年にはイランで民主的に選ばれたモサッデク大統領がアメリカのC I AとイギリスのM I6の工作によって失脚させられました。モサッデク大統領が石油会社を国有化したからです。第二次大戦後イランは独立したものの、石油利権は欧米人によって支配されていました。イラン人は石油が産出するにもかかわらず貧しいままだったのです。モサッデク大統領が石油利権を自国に取り戻そうとしたのは当然です。

 欧米人には日本による朝鮮、台湾、パラオ統治のように、現地の人々の生活レベルを上げるという発想が全くありません。これでは争いと憎悪しか生まれません。欧米人は、非白人で非キリスト教徒は人間では無い故に人権は無いから殺害しても構わないという考えに至ります。欧米人の一神教的発想(善か悪か)では世界に平和をもたらす事は出来ないのです。

 日本はどうでしょうか。日清戦争時の事を以下に記します。日清戦争が始まると、清国在留の一般邦人が殺害されたりしましたが、それに対して日本は報復せず、明治天皇は勅命を発して在日清国人の身体、財産の保護を命じたのです。国際法では交戦国の一方が国際法を無視した時は報復する権利を認めていますが、日本はそれをやりませんでした。それだけでなく宣戦の詔勅の中で明治天皇は、国際法を遵守し、交戦相手国の国民や第三国の国民の生命・財産を保護するよう軍部に命じていたのです。

 当時のフランスと日本の国際法学者であるポール・フォーシーユと有賀長雄博士は、「日清戦争で清国は国際法を無視したにも拘らず、日本はこれを遵守した」と同じ意味の事を述べ日本軍の軍律の素晴らしさを讃えました。


有賀長雄博士

 またフランスの記者が書いた記事を紹介します。「余等は日本帝国の如き慈愛心に富める民あるを、この地球上に発見し得るかを怪しむなり」続けて「翻って清軍を見よ、日本軍捕虜にあらゆる残虐の刑罰を加える。手足を断ち、首を切る、睾(睾丸のこと)を抜く、その無情、実に野蛮人にあらざればよくすべきの業にあらず。しかして日本は暴に報復せず徳を以てす。流石に東洋君子国たるに愧(は)じずと言うべし。」

 日本はこのように力で相手を従わせようとはしません。これに対して欧米や中国は権謀術数と軍事力で相手を従わせようとします。どちらの精神が世界を平和にするか、論ずるまでも無いと思います。

次回も続きを書きます。

菅田彰人拝


補足説明
有賀長雄博士(1860-1921)
専門は国際法。1909年日本人初のノーベル平和賞の候補に挙がる。
29歳で枢密院書記官となり首相秘書官も兼ね、内閣に勤務しながら著述活動も展開。32歳で農商務省特許局長に転属、日清戦争、日露戦争には法律顧問として従軍し、ハーグ平和会議には日本代表として出席。その後陸軍大学校、海軍大学校、東京帝国大学、慶應義塾大学、早稲田大学などで憲法、国際法を講じた。(出典:wikipedia)

ポール・フォーシーユ(1858 - 1926) 
フランスの国際法学者・弁護士。航空法の先駆者として世界的に知られている。現在も権威ある学術雑誌「国際公法総論」を共同創設し、主著である「国際公法概論全4巻」は4,600頁に及ぶ大著で、当時の国際法の集大成と評価される。(出典:wikipedia)

フランスの記者が書いた記事
黄文雄氏や、フィガロ紙従軍記者カレスコート・イリュスト氏とラシオシ紙のラロ氏共著「日本軍戦闘観戦記」など、日本軍の軍紀について書かれた全国戦友会連合会の論文をご参照ください。