2026/04/10

ビスマルク首相とトランプ大統領

菅田代表提言 第42

 

ビスマルクとトランプ

 

軍服姿のビスマルク (1894年)
  

 

 鉄血宰相ビスマルク(1815-1898)はドイツ統一を成し遂げた政治家として有名ですが、彼はただガムシャラに戦争を仕掛けてドイツを統一させた訳では有りません。彼は決闘好きな乱暴な面もありましたが、歴史をよく学んでおりました。これが一つの鍵です。


彼はまずオーストリアと組んでデンマークに戦争を仕掛けて撃破します(1864年対デンマーク戦争)。それから、なんとオーストリアに戦争を仕掛けてこれも屈服させます(1866年普墺戦争)。この時ビスマルクは軍部を抑えて、オーストリアに恥辱を与えないようにします。これが後のフランスとの対戦の時に効果を発揮します。オーストリアは恥辱を与えられなかった事に恩義を感じて、その後の普仏戦争(1870)に干渉しなかったのです。プロイセンはフランス軍を破り、ここにデンマーク、オーストリア、フランスに干渉される事なく、プロイセンを中心にドイツは統一されました(1871)。

 

ビスマルクはオーストリアを破った時と同様に軍部等を抑えて、フランスに恥辱を与えないように動いたのですが、この時は無理でした。ドイツ皇帝となったウィリアム1世の戴冠式が、なんとベルサイユ宮殿で執り行われました。誇り高いフランス人にとってこれ程の屈辱は無かったと思います。

 

ヴィルヘルム1世の皇帝即位式を描いた絵画。中央の白い軍服がビスマルク
(出典:wikipedia)


第一次大戦(1914-1918)後、今度は敗戦国ドイツがイギリスとフランスに多額の賠償金を要求されます(英経済学者ケインズは過酷なあまり欧州経済まで破綻させると警鐘を鳴らした)。戦後のドイツはハイパーインフレに見舞われ塗炭の苦しみを味わう事になるだけでなく、欧州経済にも悪しき影響を及ぼしました。このように戦争に勝利した後、相手に恥辱を与えない場合と恥辱を与えた場合と、その後の展開が全く変わってくるのです。

 

ビスマルクは「愚者は己の体験に学び賢者(自分)は歴史に学ぶ」と言っております。この姿勢がビスマルクを偉大な政治家にしたのです。


翻って米国のトランプ大統領の言説はどうでしょうか。「一つの文明が終わる」、「クソったれの海峡を開けろ」、「石器時代に逆戻りだ」と相手を汚い言葉で罵り、敵対していた人が亡くなった時も「亡くなって良かった」と言ってしまいました。これらはあまりにも品性に欠ける発言です。


 トランプ大統領(2026年)(出典 ARAB NEWS)

第二次世界大戦末期にアメリカのルーズベルト大統領が亡くなった時、日本の鈴木貫太郎首相は弔意を表明しましたが、ドイツ側は大喜びしたと聞いた事があります。


鈴木貫太郎首相(出典 wikipedia)


 「綸言(りんげん)汗の如し」と言う言葉があります。権力者が一度発した言葉は、汗と同じで引っ込みがつかない、取り消したり訂正したり出来ないという意味です。日本の政治家にも発言にはくれぐれも注意して貰いたいと思います。

 

次回は日露戦争の時、敗軍の将に対して東郷平八郎海軍元帥と乃木希典陸軍大将がどのように接したか書きたいと思います。


 

補足説明

プロイセンの陸軍参謀総長は、軍事の天才モルトケ元帥でした。彼は兵員や武器等を鉄道を使い速やかに移動させ、また電信も上手く使い、それから指揮官の自発性を尊重しました。

参謀総長時代のモルトケ(1914年)(出典wikipedia)

モルトケは軍事の天才ですが、 ビスマルクが外交で敵を一国に絞り込んでくれたから、その才能を発揮する事が出来たのです。

ビスマルクは粗暴な面があり、モルトケは紳士でしたから、この二人の英傑は、反りが合わないところがあり衝突する事も有りましたが、お互いに敬意を持っておりましたからドイツ統一を成し遂げる事が出来たのです。

菅田拝

 

 

 

2026/03/06

アンドレ・マルローの予言 その5

 菅田代表提言 第41回

 

アンドレ・マルローの予言 その5


アンドレ・マルロー生誕100年記念出版
「アンドレ・マルローの日本」

  フランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件についてその理由を掘り下げる第5回、今回で纏めたいと思います。

 

 日本人は主君に対する忠義と、親に対する孝行どちらを上位にするか?それは忠を上位と考えていました。中国は孝の方が上位です。これは、日本人は私的なものより公を優先したという事を意味します。現在の日本人にもまだ残っている精神です。その例を少し上げたいと思います。

 

現在世界中で使用されているQRコード、点字ブロック、世界の電気製品に欠かせないソフトのトロン、駅の改札口で使われている非接触ICカード技術、これらは日本人が開発した技術ですが、特許料を取れば莫大な利益を得る事ができるにもかかわらず、それをやらず技術を社会の為に解放したのです。金銭よりも社会に対する貢献を優先させた日本人らしい行為だと思います。

 

以前ブログに書きましたが、大東亜戦争は自存自衛の為、そしてアジア開放の為に日本人が命をかけて戦ったのですから、技術を開放する位はさほど驚く事は無いと思ったりもしますが、しかし敗戦後のアメリカの日本占領でかなり日本人は洗脳され個人主義的な人が増えましたから、技術の開放はやはり大いに称賛すべきものだと思います。

 

話しが少し横にそれますが、明治の大日本帝国憲法の起草にあたり中心的な役割を担ったのが井上毅(こわし)であります。彼は憲法を起草するにあたり古事記と日本書記を研究しました。そして「シラス」と言う言葉と「ウシハク」と言う言葉がある事に気が付きます。「シラス」とは「知る」からくる言葉で、民が何を求めているかを知って政治をする事です。「ウシハク」とは力で民衆を従わせる政治です。


       井上 毅 (引用:Wikipedia)

 井上毅は、大日本帝国憲法の第一条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲシラス」と書きましたが、「シラス」と言う言葉は分かりづらいので、伊藤博文は「シラス」を「統治ス」と書き換えました。しかし伊藤が書いた解説書大日本帝国憲法義解には、「統治はシラスと同じ意味である」と書いております。

 

このように日本は古代よりシラス政治が基礎にあったのだと思います。そして現在の日本人も、シラスと言う言葉は知らずとも、常に相手の事を思いやり行動していると思います。近江商人は「三方良し」(売り手良し、買い手良し、世間良し)の精神で商売をしておりました。アンドレ・マルローは日本を深く研究して、日本人の行動様式を知っていましたから、「日本が世界を救う」と発言したのでしょう。

 

日本を研究した天才的人類学者クロード・レヴィ=ストロースも「悔しいが日本は比類がない」と高く評価しておりました。このように世界から称賛される日本ですが、毎年多くの子供達が自殺しております。それは、日本人が日本の歴史や伝統を知らず、自己肯定感が低いからだと思います。教育現場で誇りある歴史や伝統を教えなければならないと思っております。  

 

菅田拝

 

 

 

 補足説明

島津斉彬公は家臣に「薩摩の国の土地と人民は天子様(天皇)からお預かりしたものだと言う事を忘れてはならない」と訓示しております。

現在の政治家で、「国安かれ民安かれ」と、毎日のように神々に祈りを捧げておられる天皇陛下の大御心(おおみこころ)を思い政治活動をしている政治家がどれだけいるでしょうか。残念ながら極少数だと思います。そもそもシラスと言う言葉を知っている政治家がどれだけいるでしょうか。政治家には、もっと日本の国柄を知って貰いたいと願っております。


クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)

写真:Wikipedia

フランスの社会人類学者、民族学者。フランスの高等教育の最高峰であるコレージュ・ド・フランスにて社会人類学講座を1984年まで担当。国際交流基金の招きで1977年に初来日し、5度ほど来日して講演・シンポジウムや、日本人学者や日本学者らとの交流を行う。日本文化を高く評価する親日家であり、1993年春の外国人叙勲で勲二等旭日重光章が授与されている。

2026/02/10

アンドレ・マルローの予言 その4

菅田代表提言 第40回
 
アンドレ・マルローの予言 その4
 
  フランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件についてその理由を掘り下げる第4回です。

アンドレ・マルロー氏(引用:wikipedia)

 1958年(昭和33年)、アンドレ・マルローは情報相(大臣)として来日した時に昭和天皇に拝謁を賜っております。その会談でマルローは昭和天皇に「特攻隊の国を思う純粋な精神、武士道精神は素晴らしい」と述べ、彼らの精神に対する感銘と賛辞を伝えました。

 当時、戦後の知識人で特攻隊を称賛した人はほとんどおりませんでしたが、しかしゼロでは有りませんでした。世界的大数学者の岡潔先生は特攻隊を次のように評価しております。「日本人の『情緒』や『無私』(小我を捨てて大我に生きる)の精神の究極的な表れ」この岡先生の評価は、マルローと共通しております。

岡潔先生


  またマルローは、当時皇太子だった上皇陛下とも会談されております。その時に彼は国連を痛烈に批判したのです。驚いた上皇陛下にマルローは、「国連がしっかりと機能していれば世界はこのようになっておりません殿下。」と申し上げたのです。
 
 これは現在も変わり有りません。そもそも国連を作った人達は左翼思想の持ち主で、将来的に国連の機能と権限とを強化してグローバリストの大富豪や闇の勢力による事実上の世界政府を作ろうとしているのです。従って国連は、日本の皇位継承について「男女平等に反する」などと一国の主権に関わるようなことに対して無礼な口出しをしてくるのです。国際政治学者の藤井厳喜先生も、国連ほど腐敗している組織は無いと言っております。
トランプ大統領が66もの国連機関から脱退すると宣言したのは、故あっての事なのです。

藤井厳喜先生の著作「国連の正体」

 
 少し脱線しました。日本人は情緒が豊かで道義心が強い民族です。その道義心の根本は、「人の痛みや悲しみが分かる」というところにあります。故に日本人は優しい人が多く、嘘をつかないのです。日本は自然災害の多い国です。世界の国々では戦争で亡くなる人が多いのですが、日本は例外で、災害で亡くなる人が多いのです。ですから人の悲しみを我が事として受け止め、困った時には助け合わなければ生きられない事を良く知っているのです。
 
 また、日本の海外援助はただ単に物を与えるのでは無く、共に汗をかいて技術を教え、将来日本人の世話にならずとも自立した生活が出来るように手助けします。魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えるのです。これは将来悲しい思いをしない様にとの親切心からくるものです。
 
 大東亜戦争の時、日本軍が占領した地域では軍人が現地の人達と一緒に泥まみれになりながら田植えのやり方などを教え、また戦後欧米諸国の植民地支配から独立を勝ち取り、国政を維持出来る様にと軍事訓練や官僚の育成にまで尽力しました。

 現在も自衛隊はPKOで派遣された国の人達と共に作業をします。欧米諸国の軍人は、現地の人達に指示するだけで、一緒に汗をかき仕事をする事はあまりないようです。イラクに派遣された自衛隊も現地の人達と一緒に働き、信頼を得ていきました。現地の部族長は日本の自衛隊に攻撃を加える事を厳禁していました。そして現地人達による「自衛隊感謝デモ」だけでなく「自衛隊帰らないでデモ」まで発生したのです。これは日本人の誇りではないでしょうか。



PKOで活躍する陸上自衛隊の方々と現地の子供たち


次回を最終回にしたいと思います。  菅田拝

 
 
◆補足説明
・小我…私心、自分の利益
・大我…国家や、愛する者の為に命を捧げること。より高い道義。

・集団的無意識
個人の経験を超えて人類全体に共通して遺伝的に受け継がれている深層心理の領域。日本人の優しさは先祖の度重なる災害の経験により遺伝子に組み込まれたようです。最近の遺伝子研究で、日本人には特殊な優しい遺伝子があると主張する研究者もおります。 『YAP遺伝子(親切遺伝子)

・岡潔
(1901-1978)大阪生れ。日本数学史上最大の数学者。1925(大正14)年、京都帝大卒業と同時に講師に就任、以降、広島文理科大、北大、奈良女子大で教鞭をとる。多変数解析函数論において世界中の数学者が挫折した「三つの大問題」を一人ですべて解決した。1960(昭和35)年、文化勲章受章。エッセイ集に『春宵十話』『日本のこころ』『風蘭』『情緒の教育』『情緒と創造』『情緒と日本人』等 哲学的にも大きな影響力を示した。
 
 
 

2026/01/09

アンドレ・マルローの予言 その3

菅田代表提言 第39回


 アンドレ・マルローの予言 3



 前回に引き続きフランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件の第3回です。

 2026年1月3日、トランプ大統領はベネズエラに侵攻してマドゥロ大統領夫妻を拘束し、ニューヨークの拘置所に収容しました。これから麻薬密輸の共謀など4つの罪で裁判にかけるようです。

 1989年にもブッシュ大統領がパナマに侵攻して、ノリエガ氏を拘束してアメリカで裁判にかけ、禁錮40年の判決を下しております(後に30年に減刑) 。

 1953年にはイランで民主的に選ばれたモサッデク大統領がアメリカのC I AとイギリスのM I6の工作によって失脚させられました。モサッデク大統領が石油会社を国有化したからです。第二次大戦後イランは独立したものの、石油利権は欧米人によって支配されていました。イラン人は石油が産出するにもかかわらず貧しいままだったのです。モサッデク大統領が石油利権を自国に取り戻そうとしたのは当然です。

 欧米人には日本による朝鮮、台湾、パラオ統治のように、現地の人々の生活レベルを上げるという発想が全くありません。これでは争いと憎悪しか生まれません。欧米人は、非白人で非キリスト教徒は人間では無い故に人権は無いから殺害しても構わないという考えに至ります。欧米人の一神教的発想(善か悪か)では世界に平和をもたらす事は出来ないのです。

 日本はどうでしょうか。日清戦争時の事を以下に記します。日清戦争が始まると、清国在留の一般邦人が殺害されたりしましたが、それに対して日本は報復せず、明治天皇は勅命を発して在日清国人の身体、財産の保護を命じたのです。国際法では交戦国の一方が国際法を無視した時は報復する権利を認めていますが、日本はそれをやりませんでした。それだけでなく宣戦の詔勅の中で明治天皇は、国際法を遵守し、交戦相手国の国民や第三国の国民の生命・財産を保護するよう軍部に命じていたのです。

 当時のフランスと日本の国際法学者であるポール・フォーシーユと有賀長雄博士は、「日清戦争で清国は国際法を無視したにも拘らず、日本はこれを遵守した」と同じ意味の事を述べ日本軍の軍律の素晴らしさを讃えました。


有賀長雄博士

 またフランスの記者が書いた記事を紹介します。「余等は日本帝国の如き慈愛心に富める民あるを、この地球上に発見し得るかを怪しむなり」続けて「翻って清軍を見よ、日本軍捕虜にあらゆる残虐の刑罰を加える。手足を断ち、首を切る、睾(睾丸のこと)を抜く、その無情、実に野蛮人にあらざればよくすべきの業にあらず。しかして日本は暴に報復せず徳を以てす。流石に東洋君子国たるに愧(は)じずと言うべし。」

 日本はこのように力で相手を従わせようとはしません。これに対して欧米や中国は権謀術数と軍事力で相手を従わせようとします。どちらの精神が世界を平和にするか、論ずるまでも無いと思います。

次回も続きを書きます。

菅田彰人拝


補足説明
有賀長雄博士(1860-1921)
専門は国際法。1909年日本人初のノーベル平和賞の候補に挙がる。
29歳で枢密院書記官となり首相秘書官も兼ね、内閣に勤務しながら著述活動も展開。32歳で農商務省特許局長に転属、日清戦争、日露戦争には法律顧問として従軍し、ハーグ平和会議には日本代表として出席。その後陸軍大学校、海軍大学校、東京帝国大学、慶應義塾大学、早稲田大学などで憲法、国際法を講じた。(出典:wikipedia)

ポール・フォーシーユ(1858 - 1926) 
フランスの国際法学者・弁護士。航空法の先駆者として世界的に知られている。現在も権威ある学術雑誌「国際公法総論」を共同創設し、主著である「国際公法概論全4巻」は4,600頁に及ぶ大著で、当時の国際法の集大成と評価される。(出典:wikipedia)

フランスの記者が書いた記事
黄文雄氏や、フィガロ紙従軍記者カレスコート・イリュスト氏とラシオシ紙のラロ氏共著「日本軍戦闘観戦記」など、日本軍の軍紀について書かれた全国戦友会連合会の論文をご参照ください。