5月14日、北朝鮮はまたしても弾道ミサイルの発射実験を行い距離800㎞を飛ばして日本海に落下させました。韓国国防部によれば通常の角度で発射した場合、4,500~5,000㎞の飛行が可能だと言うことです。つまり、北朝鮮がその気になれば日本国内の如何なる場所にも攻撃が可能だと言うことです。これはもはや米朝有事などではなく、明らかに我が国の安全を脅かす危険な事態だと言うことです。
だからこそ安倍首相は、一朝有事の際に政府として国民の生命と安全を守るために、憲法への自衛隊明記や改正期限までも踏み込んだ発言をしているのです。
秋田や青森では北朝鮮のミサイル攻撃を想定した住民の避難誘導訓練まで行っています。しかし、発射から7,8分で到達すると言われている弾道ミサイルに、Jアラートが鳴ってから避難しても既に遅いし、核シェルターでもなければビルや地下鉄に逃げても身の安全を守ることは難しいでしょう。
にもかかわらず、野党やマスコミ、憲法改正推進本部長を初めとする一部の自民党議員までもが安倍首相の憲法改正発言の真意を理解せずに党利党略を優先させて安倍批判を繰り返しています。
この上は、安倍総理の発言を無駄にせず、地方から憲法改正の声を上げて参りましょう。
つきましては、宮城ビジョンの会、美しい日本の憲法をつくる宮城県民の会が行っている憲法改正を実現させる為の街頭活動にご協力をお願いいたします。
宮城ビジョンの会 代表世話人 菅田彰人
2017/05/19
2017/05/16
定期的に、街頭にて憲法改正の必要性を訴えています。
宮城ビジョンの会は、「美しい日本の憲法をつくる宮城県民の会」と共に毎月第1と第3火曜日に一番町アーケード藤崎ファーストタワービル前に於いて憲法改正を訴える街頭活動を行っています。
主な活動は、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」主催の1000万人署名活動、そして憲法改正の論点を3点に絞って大変分かりやすく解説したチラシの配布です。
最近、やっと新聞やテレビで「憲法改正」という言葉が度々語られる様になりました。
しかし、街では相変わらず「憲法改正絶対反対!安倍首相に暴走させない!憲法9条を守ろう!」と主張する団体が声を上げています。
もはや、「憲法改正に絶対反対!」という段階ではありません。どこを改正するのかを議論し、改正条項の具体案に「賛成」「反対」意見を議論するならまだしも、「改正すること自体に絶対反対」という主張をしている人達は、それだけで「日本をより良くしようという考えが全く無い人達。思考停止状態の人達。」と思われても仕方ありません。
「安倍首相が改正したら、戦争をする国になる」と言うのであれば、戦争をせずに、自衛隊がより安全に国防に従事でき、抑止力を持った国になる為にはどういう改正をすれば良いのか、を議論すべきです。
5月16日付けの産経新聞に、「産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が13、14両日に実施した合同世論調査で、憲法9条改正への賛成が5割を超えた。」とあります。
地方議員を含む全ての政治家は、憲法改正をタブーにせず、私達の国の将来の展望を、憲法によってどういう国造りをしていくのかビジョンを語るべきです。
2017/05/13
憲法改正啓蒙チラシ
日本政策研究センターが、憲法改正の啓蒙チラシを作成しました。(A4大,4頁です)
現憲法には欠けているものがあります。その要点を大変分かりやすく説明し、
改正要点を3点に絞って提案しています。是非ご覧下さい。
※身近な人に配布したり、ポスティング等にご入り用な方は、事務局までご連絡下さい。
実費でお分けします。電話022-285-3383(宮城ビジョンの会)
現憲法には欠けているものがあります。その要点を大変分かりやすく説明し、
改正要点を3点に絞って提案しています。是非ご覧下さい。
※身近な人に配布したり、ポスティング等にご入り用な方は、事務局までご連絡下さい。
実費でお分けします。電話022-285-3383(宮城ビジョンの会)
2017/05/11
第46回歴史講演会開催報告
ゴールデンウイークの最終日でしたが72名の方が参加して下さいました。内初参加者は25名、小学生も6名参加しました。
講師の岡田幹彦先生より、終戦の御聖断について、戦争は始めるよりも止める時の方が難しい事。二度にわたる御前会議で、昭和天皇が「自分はいかになろうとも万民の生命を助けたい」とのご決断で戦争が終結できたことを詳しくお話頂きました。
なぜ御前会議で意見が分かれたのか。ポツダム宣言には皇室の存続や昭和天皇の身柄の保証が無かったからであり、バーンズ回答でも不明確であったからで、戦争の終結も継続も「国体の護持=皇室の存続」の一点にあったのでした。つまり、天皇の命の保証が無いにも関わらず、昭和天皇はご自分の生命よりも国民の生命を助けたいと考えられて終戦のご決断を下されたのでした。
又、占領軍マッカーサー司令官とのご会見も、その内容は秘密にされていたのですが、10年後にマッカーサー自身の発言や元外務次官の記録、マッカーサーの副官の証言から明らかになりました。それは昭和天皇ご自身が戦争の全責任を取るというものでした。その代わり軍人、政治家、国民の生命を助けてもらいたいというものでした。その言葉にマッカーサーは「骨の髄まで感動した」「私は初めて神の如き帝王を見た」と昭和天皇への驚きと感動を述べています。だからこそ傲慢不遜のマッカーサーが帰りには出口まで陛下を見送られたのでした。
国民もまた昭和天皇を戦犯として処刑しないよう、マッカーサー司令官に嘆願書、直訴状を出しました。その数約1千通。中には血判や血書で書かれた物もありました。天皇は国民のために生命を投げ出され、国民は天皇を救うために身を顧みず、皇室と国民の絆はまさに親子の絆でした。本土決戦の回避も食糧難に餓死者を出さなかったことも、日本に天皇陛下がいたからできたことであり、天皇陛下でなければできないことでした。
昭和天皇のご存在こそ戦後日本復興の原動力であったことは、日本人よりむしろ外国人が理解し絶賛しているのです。
講師の岡田幹彦先生より、終戦の御聖断について、戦争は始めるよりも止める時の方が難しい事。二度にわたる御前会議で、昭和天皇が「自分はいかになろうとも万民の生命を助けたい」とのご決断で戦争が終結できたことを詳しくお話頂きました。
なぜ御前会議で意見が分かれたのか。ポツダム宣言には皇室の存続や昭和天皇の身柄の保証が無かったからであり、バーンズ回答でも不明確であったからで、戦争の終結も継続も「国体の護持=皇室の存続」の一点にあったのでした。つまり、天皇の命の保証が無いにも関わらず、昭和天皇はご自分の生命よりも国民の生命を助けたいと考えられて終戦のご決断を下されたのでした。
又、占領軍マッカーサー司令官とのご会見も、その内容は秘密にされていたのですが、10年後にマッカーサー自身の発言や元外務次官の記録、マッカーサーの副官の証言から明らかになりました。それは昭和天皇ご自身が戦争の全責任を取るというものでした。その代わり軍人、政治家、国民の生命を助けてもらいたいというものでした。その言葉にマッカーサーは「骨の髄まで感動した」「私は初めて神の如き帝王を見た」と昭和天皇への驚きと感動を述べています。だからこそ傲慢不遜のマッカーサーが帰りには出口まで陛下を見送られたのでした。
国民もまた昭和天皇を戦犯として処刑しないよう、マッカーサー司令官に嘆願書、直訴状を出しました。その数約1千通。中には血判や血書で書かれた物もありました。天皇は国民のために生命を投げ出され、国民は天皇を救うために身を顧みず、皇室と国民の絆はまさに親子の絆でした。本土決戦の回避も食糧難に餓死者を出さなかったことも、日本に天皇陛下がいたからできたことであり、天皇陛下でなければできないことでした。
昭和天皇のご存在こそ戦後日本復興の原動力であったことは、日本人よりむしろ外国人が理解し絶賛しているのです。
①ロペス・メキシコ大統領(昭和53年)
「日本は第二次大戦に敗けて全国焦土となった。その瓦礫の中から起ち上がったのは、30年にしてかくの如く復興、繁栄した。そのわけがどうしても私には分からなかった。それが今度日本へ来て天皇陛下とゆっくりお話し合ってみて、その謎がことごとく氷解した。今日の日本のこの繁栄は、みんなあの方のお力ですよ。私はこれを日本の皆さんへの置土産にして明日は国へ帰ります。」
(入江相政『いくたびの春』TBS ブリタニカ)
②ローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世(昭和56年)
「私は陛下が無益な受難が起こらぬようにするため、先の大戦を終わらせようと断固たる努力を払い、そしてすべての国民に代わってひとりで戦争の責任を引き受けようと申し出られた陛下の高貴な御態度に格別の尊敬を表します。」(『聖帝昭和天皇をあおぐ』日本を守る国民会議)
③李登輝前台湾総統
「昭和天皇の御製の中に
ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ
というのがある。この言葉も実に素晴らしい。見事に『勇』と『義』がこの名歌の中で止揚されて、さらなる上の高い次元にまで到達しています。昭和天皇もまた『武士道』を最もよく体現されていた存在だと思います。そうでなければ、あのマッカーサーを立ちどころに心服させることなど到底不可能であったでしょう。」(李登輝『「武士道」解題』小学館)
かつてない国難に一身を捧げられて国家国民を救い、国柄を護り抜かれた昭和天皇。その無私と至誠、国民への大慈大愛が国と国民を救いました。最大の国家存亡の危機において国論をまとめ、国家の分裂を防ぎ、国家国民を一つに統合し得たのは、まさに昭和天皇のお力に他なりません。いかなる卓越した政治家も及ばない比類なきご存在。それが天皇であり、皇室なくして日本の存立はあり得ないことを、この度の講演会を通して改めて感じることができました。
講師の岡田先生には2時間以上にわたり小学生にもわかりやすくお話頂き、参加者一同改めて皇室の有り難さ、日本国の素晴らしさを学び、日本に生まれた幸せを実感した次第です。そして、このような素晴らしい日本の国柄を学ぶ機会は大変少ないので、これからも歴史講演会を通して多くの県民に日本の素晴らしい歴史と伝統、文化をお伝えしたいと思った次第です。
以上 代表世話人 菅田彰人
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