菅田代表提言 第42回
ビスマルクとトランプ
彼はまずオーストリアと組んでデンマークに戦争を仕掛けて撃破します(1864年対デンマーク戦争)。それから、なんとオーストリアに戦争を仕掛けてこれも屈服させます(1866年普墺戦争)。この時ビスマルクは軍部を抑えて、オーストリアに恥辱を与えないようにします。これが後のフランスとの対戦の時に効果を発揮します。オーストリアは恥辱を与えられなかった事に恩義を感じて、その後の普仏戦争(1870)に干渉しなかったのです。プロイセンはフランス軍を破り、ここにデンマーク、オーストリア、フランスに干渉される事なく、プロイセンを中心にドイツは統一されました(1871)。
ビスマルクはオーストリアを破った時と同様に軍部等を抑えて、フランスに恥辱を与えないように動いたのですが、この時は無理でした。ドイツ皇帝となったウィリアム1世の戴冠式が、なんとベルサイユ宮殿で執り行われました。誇り高いフランス人にとってこれ程の屈辱は無かったと思います。
第一次大戦(1914-1918)後、今度は敗戦国ドイツがイギリスとフランスに多額の賠償金を要求されます(英経済学者ケインズは過酷なあまり欧州経済まで破綻させると警鐘を鳴らした)。戦後のドイツはハイパーインフレに見舞われ塗炭の苦しみを味わう事になるだけでなく、欧州経済にも悪しき影響を及ぼしました。このように戦争に勝利した後、相手に恥辱を与えない場合と恥辱を与えた場合と、その後の展開が全く変わってくるのです。
ビスマルクは「愚者は己の体験に学び賢者(自分)は歴史に学ぶ」と言っております。この姿勢がビスマルクを偉大な政治家にしたのです。
翻って米国のトランプ大統領の言説はどうでしょうか。「一つの文明が終わる」、「クソったれの海峡を開けろ」、「石器時代に逆戻りだ」と相手を汚い言葉で罵り、敵対していた人が亡くなった時も「亡くなって良かった」と言ってしまいました。これらはあまりにも品性に欠ける発言です。
第二次世界大戦末期にアメリカのルーズベルト大統領が亡くなった時、日本の鈴木貫太郎首相は弔意を表明しましたが、ドイツ側は大喜びしたと聞いた事があります。
次回は日露戦争の時、敗軍の将に対して東郷平八郎海軍元帥と乃木希典陸軍大将がどのように接したか書きたいと思います。
補足説明
プロイセンの陸軍参謀総長は、軍事の天才モルトケ元帥でした。彼は兵員や武器等を鉄道を使い速やかに移動させ、また電信も上手く使い、それから指揮官の自発性を尊重しました。
参謀総長時代のモルトケ(1914年)(出典wikipedia)
モルトケは軍事の天才ですが、 ビスマルクが外交で敵を一国に絞り込んでくれたから、その才能を発揮する事が出来たのです。
ビスマルクは粗暴な面があり、モルトケは紳士でしたから、この二人の英傑は、反りが合わないところがあり衝突する事も有りましたが、お互いに敬意を持っておりましたからドイツ統一を成し遂げる事が出来たのです。
菅田拝




