2026/01/09

アンドレ・マルローの予言 その3

菅田代表提言 第39回


 アンドレ・マルローの予言 3



 前回に引き続きフランス人で文化大臣まで務めた親日家のアンドレ・マルローが「日本が世界を救う」と言い残して亡くなった件の第3回です。

 2026年1月3日、トランプ大統領はベネズエラに侵攻してマドゥロ大統領夫妻を拘束し、ニューヨークの拘置所に収容しました。これから麻薬密輸の共謀など4つの罪で裁判にかけるようです。

 1989年にもブッシュ大統領がパナマに侵攻して、ノリエガ氏を拘束してアメリカで裁判にかけ、禁錮40年の判決を下しております(後に30年に減刑) 。

 1953年にはイランで民主的に選ばれたモサッデク大統領がアメリカのC I AとイギリスのM I6の工作によって失脚させられました。モサッデク大統領が石油会社を国有化したからです。第二次大戦後イランは独立したものの、石油利権は欧米人によって支配されていました。イラン人は石油が産出するにもかかわらず貧しいままだったのです。モサッデク大統領が石油利権を自国に取り戻そうとしたのは当然です。

 欧米人には日本による朝鮮、台湾、パラオ統治のように、現地の人々の生活レベルを上げるという発想が全くありません。これでは争いと憎悪しか生まれません。欧米人は、非白人で非キリスト教徒は人間では無い故に人権は無いから殺害しても構わないという考えに至ります。欧米人の一神教的発想(善か悪か)では世界に平和をもたらす事は出来ないのです。

 日本はどうでしょうか。日清戦争時の事を以下に記します。日清戦争が始まると、清国在留の一般邦人が殺害されたりしましたが、それに対して日本は報復せず、明治天皇は勅命を発して在日清国人の身体、財産の保護を命じたのです。国際法では交戦国の一方が国際法を無視した時は報復する権利を認めていますが、日本はそれをやりませんでした。それだけでなく宣戦の詔勅の中で明治天皇は、国際法を遵守し、交戦相手国の国民や第三国の国民の生命・財産を保護するよう軍部に命じていたのです。

 当時のフランスと日本の国際法学者であるポール・フォーシーユと有賀長雄博士は、「日清戦争で清国は国際法を無視したにも拘らず、日本はこれを遵守した」と同じ意味の事を述べ日本軍の軍律の素晴らしさを讃えました。


有賀長雄博士

 またフランスの記者が書いた記事を紹介します。「余等は日本帝国の如き慈愛心に富める民あるを、この地球上に発見し得るかを怪しむなり」続けて「翻って清軍を見よ、日本軍捕虜にあらゆる残虐の刑罰を加える。手足を断ち、首を切る、睾(睾丸のこと)を抜く、その無情、実に野蛮人にあらざればよくすべきの業にあらず。しかして日本は暴に報復せず徳を以てす。流石に東洋君子国たるに愧(は)じずと言うべし。」

 日本はこのように力で相手を従わせようとはしません。これに対して欧米や中国は権謀術数と軍事力で相手を従わせようとします。どちらの精神が世界を平和にするか、論ずるまでも無いと思います。

次回も続きを書きます。

菅田彰人拝


補足説明
有賀長雄博士(1860-1921)
専門は国際法。1909年日本人初のノーベル平和賞の候補に挙がる。
29歳で枢密院書記官となり首相秘書官も兼ね、内閣に勤務しながら著述活動も展開。32歳で農商務省特許局長に転属、日清戦争、日露戦争には法律顧問として従軍し、ハーグ平和会議には日本代表として出席。その後陸軍大学校、海軍大学校、東京帝国大学、慶應義塾大学、早稲田大学などで憲法、国際法を講じた。(出典:wikipedia)

ポール・フォーシーユ(1858 - 1926) 
フランスの国際法学者・弁護士。航空法の先駆者として世界的に知られている。現在も権威ある学術雑誌「国際公法総論」を共同創設し、主著である「国際公法概論全4巻」は4,600頁に及ぶ大著で、当時の国際法の集大成と評価される。(出典:wikipedia)

フランスの記者が書いた記事
黄文雄氏や、フィガロ紙従軍記者カレスコート・イリュスト氏とラシオシ紙のラロ氏共著「日本軍戦闘観戦記」など、日本軍の軍紀について書かれた全国戦友会連合会の論文をご参照ください。